小串鉱山での朝鮮人労働者に関する資料は「嬬恋村誌」にも書かれていますが、そこには「四十六名入所」と書かれているだけでした。 ネットでは地元の古老の話として、「小串鉱山は人手不足だった戦争中、多くの出稼ぎ朝鮮人が札束でリュックがいっぱいになるほど稼いだ」という個人ブログの情報などもありますが、本当に過酷な労働を強いられたのか、実は札束でリュックがいっぱいになるほど稼いだのか、引き続き調査中です。