更新情報
2018.10.7 UP

「群馬の森」朝鮮人追悼碑  朝鮮人学校補助金支給問題  教育委員会・教科書問題
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 迷惑な元首相が渋川で講演  (2018.10.7 UP)
 群馬が世に放ってしまった迷惑な元首相が日中関係について講演を行ったようです。それは渋川市国際交流協会の主催で行われた日中国交正常化45周年を記念して行われた「国際理解講座」なる講演会。 中国への好感を隠さない福田康夫元首相は講演で、中国やアジア諸国との関係について、「世界中とお付き合いしていくことが日本の生きる道」、そして今や政治プロパガンダであることがバレてしまったとも言える「南京大虐殺」については「数の問題ではない」などと、的外れなご高説をたれたようです。
平成30年10月6日付 産経ニュース「群馬版」

 福田康夫元首相はかつて、靖国参拝に関する記者の質問に対して「友だちが嫌がることはしない」などと、戦争で国のために散華された英霊を冒涜した上に、勝手に中国を「友だち」と呼び、友だち関係と国との関係を同列に扱う不見識ぶりを内外にアピールしてしまいました。 安全保障の面でも、日本のような島国にとっては大きな抑止力となるクラスター爆弾を廃止してしまうなど、ろくなことをしなかった元首相でした。 さらに拉致被害者家族からは、「拉致問題に対して最も冷酷だった首相」とされているようです。

 「拉致問題講演会」のお知らせ  (2018.9.24 UP)
日時 平成30年11月10日(土)
午後1時30分〜3時30分(開場:午後1時)
会場 安中市松井田文化会館 大ホール
(安中市松井田町新堀530)
プログラム ■DVD上映
「拉致 私たちは何故、気付かなかったのか!」
■講演
定員 400名
入場料 無料
お申込み/
お問合せ
●安中市 市民生活課 相談支援人権係
 電話 027−382−1111
 (内線)1207、1208
 FAX  027−381−7020

●群馬県 健康福祉課 地域福祉推進室
 電話 027−226−2518(直通)
 FAX  027−221−1121
主催 群馬県、安中市、北朝鮮拉致問題解決促進議員連盟、「救う会・群馬」、「群馬ボランティアの会」


FAX申込書(PDF)

 9月23日、東京・砂防会館シェーンバッハ・サボーでも、「全拉致被害者の即時一括帰国を!国民大集会」が開催されました。 約1000人が集結した会場は満席となり、安倍晋三総理、加藤勝信・拉致問題担当大臣も参席されました。 以下、採択された決議文をご紹介いたします。
「全拉致被害者の即時一括帰国を!」国民大集会決議

決 議

 私たちは本日「全拉致被害者の即時一括帰国を!」国民大集会を開いた。

 6月の米朝首脳会談でトランプ米国大統領は金正恩委員長に、「全拉致被害者を返せ」という安倍晋三総理のメッセージを伝えた。安倍総理は、日本が北朝鮮と直接向き合って拉致問題を解決していくとの決意を明らかにしている。

 北朝鮮は、濃縮ウラン工場やミサイル製造工場は温存したまま、役割を終えた核実験場やミサイル発射場の一部の解体ショーをみせた以外に非核化に向けた実質的な行動をとらないままである。拉致問題に対しても真剣に対応する気配を見せないまま、「拉致は解決済み、過去の清算が終わっていない」という宣伝を続けている。

 日本国内では一部の人物が、経済支援や国交正常化を先行させよとか、日朝合同調査委員会や平壌連絡事務所の設置などを求め、拉致問題の解決を歪曲しようとしている。

 日本は、米国や国際社会と共に、北朝鮮の謀略や国内の様々な妄言には毅然として対抗し、拉致問題が解決するまで対北制裁を緩めず、経済支援も行ってはならない。全拉致被害者の即時一括帰国こそが解決の定義だという姿勢からぶれてはならない。

 同時に、日本人拉致問題を解決するには、これが最後のチャンスであることを北朝鮮は強く認識すべきである。

 我々が要求しているのは連絡事務所の設置でも、報告書や偽の証拠でもない。認定、未認定にかかわらず全拉致被害者が笑顔で家族のもとに帰ってくることだ。だからこそ、金正恩政権に全拉致被害者の即時一括帰国を決断させるという一点に全勢力を注ぐことが求められている。その声を上げるため、本日私たちはここに集まった。

以下決議する。

1 北朝鮮は早急に全拉致被害者を返せ。そのための日本との実質的協議に応ぜよ。

2 日本政府は全拉致被害者の即時一括帰国という要求を絶対に下げるな。その実現のため全力で取り組め。

3 国民は、ブルーリボンを身につけ全拉致被害者救出への意思を示そう。アニメ「めぐみ」の学校上映拡大等を通じて拉致問題啓発活動を続けよう。


平成30年9月23日

「全拉致被害者の即時一括帰国を!」国民大集会参加者一同

 北方四島は日本の領土返還なくして「戦後」は終わらない
 〜北方四島交流訪問事業レポート〜  (2018.9.15 UP)

 プーチン露大統領がウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで「年内の平和条約締結を」と発言したことが大きな波紋を呼んでいる中、群馬県隊友会長 小島健二様より、「よりたくさんの皆様に北方領土問題を知っていただきたい」とのことから、北方領土(国後、択捉)訪問レポートをお送り頂きましたので、ここに掲載させて頂きます。
北方四島は日本の領土返還なくして「戦後」は終わらない
平成30年度 北方四島交流訪問事業(第1回・一般)参加所見

群馬県隊友会長 小島 健二

 平成30年7月26日(木)から31日(火)の間、「独立行政法人北方領土問題対策協会」(以下北対協という。)が実施する「北方四島交流訪問事業」に、 公益社団法人隊友会から推薦され「北方領土返還要求運動連絡協議会」(以下北連協という。)の団員として参加する機会を得た。

 団員64名は北連協事務局長児玉泰子氏を団長に国会議員等、北対協、北連協、交流専門家、北方領土元居住者、報道関係者、政府関係者、医師、通訳、事務局から構成されていた。

 2012年12月衆議院選挙直後の記者会見において総理就任前の安倍自民党総裁は、日ロ関係の重要性を強調しつつ、日露関係を改善していく中で、領土問題を解決して、平和条約の締結を希望する旨述べました。

 2013年4月安倍総理は日本の総理としては十年ぶりにロシアを公式訪問し、プーチン大統領と日露首脳会談を行いました。

 2016年5月ソチで行われた日露首脳会談で、今までの発想にとらわれない「新しいアプローチ」で交渉を精力的に進めていくとの認識を両首脳で共有しました。

 そのような中で、現在国後、択捉島の代表者、住民が日本に対してどのように考えているのかを知る良い機会であった。

 交流訪問事業の目的は領土問題が解決されるまでの間、日本人と四島に在住するロシア人との民間レベルでの相互理解の増進を図ることであり、児玉団長以下各団員の熱意と努力により所期の目的は十分に達成されたと思慮する。

 国後島1日、択捉島2日で訪問先、視察先は20箇所、日程の割にはかなり密度の濃い事業であった。

 島の代表との面談は極めて友好的でビザなし交流の成果が感じられた。


(停泊中の船舶「えとぴりか」)

 一方博物館視察の際の案内係の説明には違和感を感じた。「戦後、再度ロシア領(ソ連)になった」と言った事である。 1855年日魯通好条約で始めて国境が確定さたのであってそれ以前はどちらの国の領土でもない。戦後日本から奪い取っただけのことである。 きっと、 マニュアル通りの回答をしたのであろうが歴史認識が大きく異なることを再認識した。

 択捉島紗那墓地墓参、われわれの交流訪問事業の一週間前、航空機利用による関係者等の墓参が行われ、墓地はおおむね綺麗に清掃されており、当初予定されていた草刈は行われなかった。日本人にとって墓参は意義深い事業だと思う。

 住民交流会、小箱作り、アクセサリー作り、布草履作り共に参加者で満席。ロシア人の子供もご両親等も大喜びで、住民交流会は大成功だと思う。

 択捉島オダイバケ温泉、温泉といっても水泳パンツ等を身に着けて入るもので、日本の温泉とは全く異なるものである。 帰宅後同行したフジテレビの記者の温泉風景が放映された。まさに観光スポットであるとの印象を受けた。共同経済活動の事業化で合意している観光ツアーの目玉になると思われる。


(択捉島 オダイバケ温泉)

 ホームビジット、今回の交流訪問事業で心配はしていたが、もっとも楽しみにしていたのはホームビジットである。 若いスタイルの良いお母さんと、賢そうな6歳の息子さん、黒い大きな猫、グレイの子猫が迎えてくれた。通訳の方が来るまでは悪戦苦闘、自己紹介の後は四島交流の会話集を頼りに交流に努めた。 私が知りたかったことの一つは、なぜ択捉島に住んでいるのかということであった。通訳のおかげで祖父母の代から住んでおり、息子さんは四世代目であることがわかった。 それなりに島での生活に満足している様子であった。

 択捉島ビラ海岸散策、今回の交流訪問事業の内、数少ない観光が目的の場所である。

車高の高いトラックバスに揺られ道なき道を走行、いたるところに湿地帯があり、草花が咲き誇りとても綺麗であった。 蝦夷キスゲのオレンジがかった黄色の花が特に印象的であった。ビラ海岸の絶景は日本では見ることのできない「秘境の旅」とでも称すれば温泉同様観光ツアーの目玉になると思われる。


(トラックバス ビラ海岸)

 紗那下町散策(旧日本学校)、日本人が住んでいた痕跡を残しているのが墓地と旧日本学校である。門柱には何も書かれておらず、旧校舎はかなり老朽化している。 何らかの形で残す努力をしてもらいたいと思った。

 夕食交流会、国後島、択捉島での夕食交流会の歓待ぶりは筆舌に尽くしがたい。民と民の強い結びつきが、国と国の困難な問題解決に一歩でも近づくことを切に願った。

 帰宅数日後、読売新聞に同行記者の記事が掲載された。記者の目は私の目よりかなり厳しく映っていたようである。 「日露両国の経済活動をめぐる協議が進まないのを尻目に、中国企業などが現地開発を後押ししている。」 また水産加工場に「クリルはロシアの土地」というスローガンが掲げられていることを掲載していた。 中国の「漁夫の利」とならないよう、北方領土での共同経済活動が事業化できるよう進展を期待している。

 また8月7日、産経新聞に「択捉島に戦闘機配備 政府露側に抗議」の記事が掲載された。スホイ35は第四世代戦闘機で極めて高性能の戦闘機である。 ロシアが北方領土で軍備増強を進めているのは遺憾と思い、北方領土問題は粘り強く交渉しなければならない問題であることをあらためて認識した。

 観光ツアーの交流事業のためには、ビザなし交流の拡大が不可欠であり、根室港と国後、択捉島の航路の開設、北海道の飛行場と択捉飛行場との空路の開設の方向に進められることを願っている。 人の交流のみではなく、野菜等の生鮮食品の移動も可能になり国後、択捉島の居住者にもメリットがあると考える。

 沖縄には、返還前戦後施政権が米国にあったときでも、日本人はそのまま居住しており、米国人は軍人を除けば一般人はほとんど住んでいなかった。 一方旧ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し、終戦後ヤルタ協定を根拠に北方四島を侵略後、すべての日本人を島から追いやり、その後には現在四世代までが居住している状況となっている。 北方領土問題の解決の難しさは沖縄とは比較にならないと考えられる。

 1981年9月27日、納沙布岬に北方領土返還祈念シンボル「四島のかけ橋」の建設委員長であった末次一郎氏(沖縄返還にも尽力された。)は「北方領土の返還が実現しなければ、『戦後』は終わらないと言い遺している。

 領土問題を解決し、日露の平和条約を締結することは、日本の安全保障環境を今よりはるかに強固にすることは間違いなく、 難しい問題であるからこそ、それぞれの立場を越え国民一丸となって、政府を支え、後押しすることが不可欠であると考える。

 われわれ団員ができることは解散後にある。何度も強調されたが事後活動の徹底である。北方領土問題意識の普及高揚に努めたい。

 北連協で実施した事前研修を含め本交流訪問事業間で団員の皆さんと相互理解を深めることができたことも私にとって大きな成果であった。

 北対協、北連協をはじめ関係者皆様に深く感謝申し上げます。
 小島会長、貴重なレポートをありがとうございました。

 【朝鮮人追悼碑訴訟】 控訴審第一回口頭弁論  (2018.9.13 UP)

 ウソと捏造の象徴、「群馬の森」の朝鮮人追悼碑をめぐる控訴審が始まりました。 碑に犠牲者の名前は無くても、代わりに「ウソ」がいっぱい詰まったその物体。 管理する「追悼碑を守る会」は県に対して、なんと「更新許可の義務付け」を求めてきました。 県民にとっては邪魔でしかない物体なのですが、 どうしたら人間、ここまであつかましくなれるものでしょうか・・・。

☆--- 以下、産経新聞「群馬版」9/13)より引用 ---☆

 高崎市の県立公園「群馬の森」にある朝鮮人労働者追悼碑の設置許可を県が更新しなかったのは違法として、 追悼碑を管理する市民団体「追悼碑を守る会」が処分の取り消しなどを求めた訴訟の控訴審第1回口頭弁論が12日、東京高裁(大段亨裁判長)で開かれた。 1審前橋地裁判決は処分を取り消したが、更新の義務づけまでは認めず、双方が控訴している。この日の弁論で、守る会側は改めて義務づけを求めた。

 1審判決によると、追悼碑は原告の前身団体が平成16年、県から10年間の設置許可を受けて建てた。 その後の追悼式で出席者が「強制連行の事実を訴えたい」などと発言したため、県は26年7月、許可の更新を認めなかった。

 県側は控訴審で、追悼碑は政治的行事に当たり、碑は憩いの場としての公園にふさわしくないと主張。処分は裁量の範囲内だとした。

 1審判決は「一部の追悼式が政治性を帯びることは否定できない」とした上で、公園の利用者減少などの具体的な支障は生じておらず、処分は裁量権を逸脱し違法だと判断した。

 第2回口頭弁論は11月5日。

☆------- 引用ここまで -------☆

 堤ケ岡飛行場建設における「朝鮮人労働者」に関する証言  (2018.8.19 UP)
 「群馬の森」の朝鮮人追悼碑訴訟において、原告の「追悼碑を守る会」が証拠資料として提出した小冊子「群馬における朝鮮人強制連行と強制労働」の中で、多くの捏造箇所があったことはすでに当ホームページでご紹介いたしました。

 小冊子には多くの朝鮮人が「強制連行」されたとされる現場が複数紹介されていましたが、引用原典とされる市町村史や、工事に関わった会社の社史などと照合した結果、その多くが捏造・改竄であることが判明しました。 しかし、地元の市町村史に朝鮮人労働者に関する記述がなく、検証できなかった現場がいくつかありました。 そのうちのひとつが「堤ケ岡飛行場」で、小冊子によれば、工事の主力は朝鮮人だったとのことですが、地元の堤ケ岡村誌には朝鮮人労働者の記述はなく、検証はできませんでした。

 ところがこの度、「陸軍 前橋飛行場」というドキュメンタリー映画が一般公開されました。特攻隊の基地にもなっていたこの飛行場でしたが、地元の人たちは「堤ケ岡飛行場」と呼んでいたそうです。 映画そのものは地上波で繰り返し放送された「反戦モノ」の特番と同じで、「日本軍=悪」といったイメージのものでしたが、当時を知る人が朝鮮人労働者について証言をしていました。 証言によると、朝鮮人の仕事はトロッコ押しで、通常トロッコは二人がかりで押していたが、朝鮮人はそれを一人で押して、給料も日本人の2倍もらっていたとのことでした。

 「群馬の森」の朝鮮人追悼碑の除幕式で追悼の辞を述べた玉村町議会議員は、自身のブログで、この反戦映画のことを取り上げていましたが、朝鮮人が日本人の2倍の給料をもらっていたことについては、見事にスルーされました。

◎姑息な歴史捏造を全力拡散! 私たちは群馬県を応援します!
作成:群馬県インチキ追悼碑撲滅青年団

 ドキュメンタリー映画『陸軍前橋飛行場』 ※ 映画を観た方からのレポートをUPしました。 (2018.8.13 UP)
映画『陸軍前橋飛行場』が8月、県内で一般公開されるようです。 前橋飛行場は大東亜戦争の開戦により、日本全国にわたって総力を挙げて航空決戦の準備が進められた中、航空部隊増強のために、現在の高崎市堤ケ岡に飛行場が建設されました。 当初は少年飛行兵の訓練に使われていましたが、戦況が悪化した終戦末期には特攻隊の基地としても使われていました。 また、米軍の爆撃により、飛行場周辺の地域にも多くの犠牲者が出たようです。

映画の公開に先立ち、飛行場跡地近くのイオンモール高崎ではパネル展が開かれていました。お話をうかがったところ、映画は政治的なものではなく、あくまでドキュメンタリー映画だとのことでした。 予告編には福田康夫元首相も登場しており、多少嫌な予感もしますが、興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。 上映される劇場は以下の2か所です。

◎前橋シネマハウス
上映期間:8月4日(土)〜8月17日(金)
公式サイト:https://maecine.com/
◎シネマテークたかさき
上映期間:8月11日(土)〜8月24日(金)
公式サイト:http://takasaki-cc.jp/


【関連記事】 平成30年7月7日付 産経新聞「群馬版」

映画『陸軍前橋飛行場』をご覧になった方から寄せられたレポート
◆K.Sさんより - 2018年8月4日 -
ドキュメンタリー映画「陸軍前橋飛行場」感想

地元前橋にも特攻隊基地があったことを初めて知りました。終戦間近の頃、最後の特攻隊員達が前橋飛行場で訓練を行っていたそうです。

映画は鈴木越夫氏「陸軍前橋飛行場と戦時下に生きた青少年の体験記」を原作に、当時前橋飛行場周辺で暮らしていた人達のインタビューをドキュメンタリー形式でまとめていました。
飛行場建設までの流れや前橋空襲の様子など詳しく知ることができます。

以下感想

戦争当時を知る人が年々少なくなってきた今、文書や映像による記録を残したいという思いから製作されたとのこと。やはり実際に体験した人達の言葉は重みがある。
農地の強制的没収、学徒動員、勤労奉仕の過酷さなどの証言が多くあり、当時の大変な状況が伝わってきた。
個人的に残念なのは飛行場建設に至る時代背景の説明が少なく、「戦争を続けたい軍部=悪」というような印象を受けてしまいそうな点。
確かに当時必死に生きていた人にとってはそう感じられていたのだと思う。しかし今を生きる私達はなぜ開戦せざるを得なかったのか、十分に学び知ることができるのだから、「二度と戦争をしないために」は開戦に至る国際情勢を含め時代背景も正しく知る必要があると思う。

そうは言っても豊かな時代しか知らない私にはインタビューの内容は胸に迫るものがあり、8月5日の前橋空襲のことは今まで知らなかったので少し恥ずかしくなった。教科書で教えてもらえなくても、こうした無数のエピソードがまだあるのだと思う。まさに地元前橋でも当時必死に生き延びてくれた人々がいたからこそ私もここにいるのだと思うと有り難さでいっぱいになった。

日本を守る為に亡くなっていった英霊を思うにつけ、与えられた命を精一杯生きるしかないといつも思います。
東京日比谷でも上映されるそうなので興味のある方は是非足を運んでみてください。
◆Y.Tさんより - 2018年8月12日 -
 高崎市での初回の上映に、30分ほど前に出かけたが、数人前で満席となり、残念ながら監督のあいさつは無しの、次の上映を鑑賞してきました。廊下には「陸軍前橋飛行場」の新聞記事が掲示されていたが、上毛新聞と東京新聞は各2回、朝日新聞、毎日新聞の各1回の記事であった。産経新聞、読売新聞見当たらなかった。観客は6〜7割位が60才以上の感じで30才前後で一人で見に来ていたのは、数人だったでしょうか。年配者の付添者で若い方も数名いた。

 ある程度予想はしていたが、映画の内容については、印象は二つに分かれる気がしました。それは、
@ 製作者もそうであると思われる、戦争のことは直接体験していない者からの視点
A 当時直接、戦争の体験を前橋で空襲・勤労奉仕などを体験された方の言葉・視点
ですが、Aの直接体験者の言葉は、いわゆる戦後の戦争を体験していない者の軽々しい論評を、黙らせるものがある。いわゆる左対しても右対しても同じだろうと思う。 ただただ、その言葉が魂に直接届いてくる感じである。兵士のかたの出演はなかったと思うが、その場合はもっと重みを増すことと思う。私たちは、それを受け止め、気持ちに寄り添うことしかできない気がします。
@については、映画のはじめの飛行場建設のまでの取材と、最後の監督の米国に資料をに行った後の部分に該当すると思う。飛行場建設あたりの取材出てくる「憲兵隊」は酷かったとの部分は何回か出てくる。また、飛行場建設にあたり田畑など強制的に立ち退かされた時だったと思うが、画面に「強制的」の文字が中央に映し出されていた。
「強制的」に焦点を当てるのは、いわゆる「従軍慰安婦」や「徴用工」に必ず出てくる言葉である。この辺は、左寄りの報道等でよく目にする「いつものもの」である。
戦時で「憲兵」が酷いとは、不当で残虐であったかどうかであり、言葉の厳しさや脅しと感じる言葉や、ビンタなどの暴力は戦時ばかりでなく、戦後もしばらく残っていた風習であったと思う。飛行場用地の私有地立ち退きも、何等かの手当か保障があったかどうかは、特に述べられていない。又戦後どうなったか含めて調査が必要と思う。
現代でも、時間はかがっても、立ち退きがなされ意志に反していれば「強制的」ととらえることも可能ではないかと思う。

 最後に、この種の「戦争」を題材とする映画は、その悲惨さや時には英雄的行為を浮き彫りにすることが多いが、そろそろこの狭い時間的スパンから、脱してほしいと思う。
 なぜ、日本は戦争という道を選んだか・或いは戦争に追い込まれたのか、その底部には本当は何があったのか。排日法・原油等の禁止・米国の拒否ありきの対米交渉そしてハルノート(一般国民は知らされていなかったが)、に対して、真珠湾攻撃の開戦で、日本人の雰囲気は、吹っ切れたすがすがしさがあったとも言われる。そして、多大で悲惨な犠牲を受けて、いさぎよすぎる位に特に米国に従い、悔しさを内に占めて、身を粉にし働き、ついに経済で欧米を凌駕するほどにした。その日本人の秘めた大きな心の歴史を、映画にする監督はいないのでしょうか。そう思いながら、映画館を後にしました。

 「自衛官募集」のポスターをUPしました。   (2018.7.10 UP)
崇高な志の若い皆さんを応援すべく、自衛隊の了解をえて「自衛官募集」のポスターを掲載いたしました。
≪お問合せ先≫
自衛隊群馬地方協力本部

TEL:027−221−4471
メールアドレス:hq2-gunma@pco.mod.go.jp
◆太田出張所
◆前橋募集案内所
◆高崎地域事務所
◆沼田地域事務所
0276−45−5563
027−233−8960
027−326−1761
0278−23−4111

 品性下劣! 護憲派の集会でヒトラーを模した安倍首相の画像が映し出される! (2018.5.4 UP)

 憲法記念日の5月3日、群馬音楽センターで行われた護憲派の集会で、会場のスクリーンにヒトラーを模した安倍首相の画像が映し出されました。

新聞報道によると、講演では俳優の宝田明氏と、元朝日新聞記者で市民団体「九条の会」世話人の伊藤千尋氏が登壇。 宝田氏は改憲について「何を間違っているのか。しゃくにさわる」などと怒りをあらわにし、終盤には、名曲「青い山脈」を来場者とともに歌ったとのことです。なんとおめでたい光景でしょうか。

 伊藤氏にいたっては「日本を良い国にする具体的モデルが必要」と主張し、「平和憲法国家」としてコスタリカを例に挙げて紹介。さらには安倍首相をヒトラーに模したコラージュ画像を檀上のスクリーンに映し出して、「戦争回避の政策は実施せず、国民に防衛をひたすら強いているだけだ」などと、朝日臭全開の批判を展開したようです。

≪これぞサヨクの真骨頂! 品性下劣のコラージュ画像≫
引用元:産経ニュース

 「最新の縄文分析で今明かされる、沖縄のルーツと日本の建国」   (2018.3.6 UP)

 2月11日(祝)に沖縄県那覇市で行われました日本会議沖縄県本部主催の講演会に、当会副代表の長浜が講演をさせていただきました。 その時の動画が公式チャンネルよりUPされましたので、ここにご紹介させていただきます。 講演内容は、沖縄の大本は縄文時代から九州の人々と同じ先祖を持ち、それは遺伝子、言語から明らかであること。 また、日本書記に記されている神武東征が史実であることも、科学的・論理的に解説しています。
皇紀2678年(平成30年)2月11日(日・祝)
『日本の建国を記念する沖縄県民の集い』記念講演
主催:日本会議沖縄県本部

【関連動画】 韓国人は何処から来たか[桜H26/4/15]

 「平成29年度群馬県自衛隊入隊・入校予定者激励会演奏会」レポート  (2018.3.4 UP)

 陸上自衛隊第12音楽隊による演奏会の様子です。
レポートの続きはこちら

 【朝鮮人追悼碑訴訟】 県が控訴 「不許可処分は当然」     (2018.2.28 UP)

 「群馬の森」の朝鮮人追悼碑訴訟は、27日に県が控訴したことで、場所を移して二審で争われることとなりました。

 2月28日の産経新聞(群馬版)によれば、県側は会見で「不許可処分にしたので碑を撤去してもらうというのが県の考えだ」との控訴理由を説明されました。 これは行政の考えだけではありません。碑の撤去は多くの県民の意見ではないでしょうか。 このニュースは「Yahooニュース」でも取り上げられましたが、コメント欄には「群馬県を応援します!」、「頑張れ群馬県!」などのコメントであふれていました。

 さて、一方の「追悼碑を守る会」はどうだったでしょうか。新聞報道によれば、かつて朝鮮総連からの献金疑惑で参院副議長を辞任した弁護団長の角田義一氏は、「強い憤りを禁じ得ない。知事の見識を疑う」として県を批判したようです。 なんという了見でありましょうか・・・。我々県民からすれば、インチキな追悼碑が県有地に居座っていることのほうが見識以前の問題なわけですが・・・。

 守る会の弁護側は、あらゆる手段で碑の維持を求める構えのようですが、我々県民も、引き続き群馬県を全力で応援するとともに、あらゆる手段で碑のウソを、広く世間に周知していくところであります。

 【朝鮮人追悼碑訴訟】 3年余の論争に結論  (2018.2.15 UP)
 「群馬の森」の朝鮮人追悼碑をめぐり、碑を設置した「追悼碑を守る会」が、県を相手取り設置更新の不許可処分の取り消しを求めた訴訟の判決が14日、前橋地裁でありました。 結果は設置更新不許可処分の取り消しという判決で、憩いの広場のトンデモ追悼碑はそのまま居座ることとなってしまいました。 守る会側が求めていた「更新許可の義務付け」は棄却、政治的発言の有無についても政治的であると認定されました。
(詳細は産経ニュースをご覧ください。)

 今回の裁判は、「表現の自由」vs「政治的行事の有無」の対立と言われていましたが、 結果として、追悼碑の設置許可取り消しの手続きの中で、事前の警告を出さずにいきなり設置許可を取り消しをしたことを原告側と裁判長に突かれ、県側が全く対応できなかったことで「裁量権の逸脱」とされてしまったようです。 また、原告側が小冊子でも主張している「歴史」の多くがウソであることも、県側は最後まで争点にしませんでした。

 子供の教育にも良くない、このトンデモ追悼碑の撤去をめぐっては、場所を変えて2審でも争われるものと思われますが、我々県民は引き続き、群馬県を全面的に応援するところであります。
◎2018年2月15日付 産経新聞「群馬版」 ←記事の詳細はWEB版をご覧ください。

 【朝鮮人追悼碑訴訟】 提出資料に複数の誇張!  (2018.2.11 UP)
 群馬における朝鮮人強制連行のウソが新聞紙面に登場しました。
群馬の森の朝鮮人追悼碑訴訟において、原告の「追悼碑を守る会」が証拠資料として提出した小冊子「群馬における朝鮮人強制連行と強制労働」の中で、 参考資料にはない誇張した表現が複数あったことが、2月11日付の産経新聞(群馬版)で報じられました。さらに証拠提出されていない部分の誇張表現についても、例を挙げて紹介されています。 (詳細は産経ニュースをご覧ください。)

 記事の中で、小冊子を発行した守る会側の一人は「強制連行」などを追記した理由として、「分かりやすくするため」と釈明しているようですが、 一般的にそれは「捏造」というものではないかと思われます。 守る会が発行した小冊子の改竄箇所については当ホームページでもその詳細を掲載し、既に1年以上が経ちますが、1件の抗議も来ていません。

 守る会は昨年の第12回口頭弁論でも証拠動画として、編集箇所が4カ所ある動画を提出し、「正確性に欠ける」との指摘をされています。
◎2018年2月11日付 産経新聞「群馬版」 ←記事の詳細はWEB版をご覧ください。
◆さらにこのニュースはその日の午前中のうちに「Yahooニュース」のコメントランキングにも登場しました。

 【以下、「共感順」上位10のコメントです。(2018年2月11日 17:00時点)】
コメント そう思う そう思わない
会長の名前は出さないと無責任な団体だと思われますよ
正しい主張なんですよね

そうは思わないけど
673 7
裁判官に変なのがいないのを願う 695 12
場所代として百億くらいはらわせたらいい 536 14
それだけの人数を群馬に引っ張ってくる費用対効果考えなよ…
昔の日本っつたって、そんな金と暇ねーよ…
262 6
こう言う団体は潰していきましょう! 258 6
ダメだこりゃ(笑) 85 2
こういうことするから不許可なわけで理由を開示する手間が省けた。 こんなものは自分の畑にでも設置しろ。 248 4
高崎に出張に行ったとき 群馬の森 の「朝鮮人追悼碑」を見たけど、なんで県立公園にこんな不愉快な碑が建立されているのか不愉快極まりなかった。 34 0
ろくでもなお団体だ 逮捕を 173 1
日本人でも、勤労奉仕とかの名目で中学生や女学生が軍需工場や土木作業をさせられた歴史があります。死んでも、軍属は(軍人ではない)補償されましたが民間人は無いと聞きました。自業自得だと韓国や中国は言いますが人の命は、変わらないと思います。 265 5

※ウソ満載!「群馬の森」朝鮮人追悼碑情報の詳細はこちら

「群馬の森」朝鮮人追悼碑  朝鮮人学校補助金支給問題  教育委員会・教科書問題
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■ 更新情報
2018/10/07 「福田康夫元首相が渋川で講演」の記事を掲載しました。
2018/09/24 「拉致問題講演会」のお知らせを掲載しました。
2018/09/15 北方四島交流訪問事業レポートを掲載しました。
2018/09/13 朝鮮人追悼碑訴訟をめぐる新聞報道を掲載しました。
2018/08/25 運転免許証期限表記をめぐるパブリックコメント募集の情報を追加しました。
2018/08/19 イベント情報を更新しました。
2018/08/19 「護国神社昇殿参拝&医学博士によるコレステロール量調節物質に関する研究発表」のレポートを掲載しました。
2018/08/19 堤ケ岡飛行場建設における「朝鮮人労働者」に関する新たな証言を追加しました。
2018/08/13 映画『陸軍前橋飛行場』を観た方からのレポートを追加しました。
2018/08/06 映画『陸軍前橋飛行場』を観た方からのレポートを掲載しました。
2018/07/10 ブルーインパルス展示飛行のチラシを掲載しました。
2018/07/10 自衛官募集のポスターを掲載しました。
2018/07/08 映画『陸軍前橋飛行場』一般公開についての情報を掲載しました。
2018/06/25 JALとANAの「中国台湾」表記について掲載しました。

■ 頑張れ日本!全国行動委員会 群馬県支部 概要
顧 問 伊藤純子(伊勢崎市議会議員)
代 表 者 寺林よしのり
T E L 080−6686−2352
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平成25年1月より「頑張れ日本!全国行動委員会群馬県支部」は政治団体として登録を行い、寄付金を頂けることが可能になりました。 今後も日本の国防・安全保障を考え、日本の正しい政治を実現するため、講演会・街頭宣伝などの活動を展開してまいります。 どうぞご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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 口座番号:1521130

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